2021,07,07, Wednesday
ーメルヘン街道から東山魁夷の絵の世界へー
(写真をクリックすると拡大されます) 6月29日 「御射鹿池(みしゃかいけ)」は、標高1,500mの山の中にある風光明媚な池。東山魁夷の代表作の1つ《緑響く》のモチーフにもなっています。見た目の美しさが有名ではありますが実は農業用水を貯める為のため池です。 御射鹿池の麓にある、笹原地区は御射鹿池からの水を今も使い暮らしている地域です。その為、御射鹿池とまち歩きをする笹原地区は繋がりがあるので、そのストーリーを踏まえたまち歩きをします。見た目の美しさだけでない地域のストーリーを感じるために先に御射鹿池に行きます。 また、同じ池でも白駒池は天然湖としての美しさがありますが、今回はその周辺の「苔の森」といわれる、485種類の苔が生息している、苔に包まれた原生林の神秘的な癒しの世界もゆっくり歩きましょう。 神秘的な深い青の水面に引き込まれそうな御射鹿池 以下は参加者の感想です ♪8時ちょうどの…♪あずさに乗って、茅野駅に到着。ここから地元の貸し切りバスで、今回のツアー・メインスポット「御射鹿池」に向かいました。 御射鹿池 ここからは、笹原観光まちづくり協議会のスタッフの方々が、親切丁寧に案内をしてくださり、とても楽しい一時を過ごすことができました。 御射鹿池は、東山魁夷の代表作『緑響く』 のモチーフとなった場所であることを、今回のツアーではじめて知り、とても感動をしました。また、「この場所は以前、吉永小百合さんが出演したテレビCM(シャープのAQUOS)で脚光を浴びたところです。」との説明に、CMが放映された当時を思い、懐かしく感じました。 6月末の梅雨空のもと、御射鹿池は湖面に映る新緑と、チャツボミゴケの鮮やかな緑とがグラデーション化しており、まさに『緑響く』の世界そのままでした。御射鹿池は、とてもきれいな名前ですが、実は、農業用水加温用ため池で、昭和の初期に造られたことを教えてもらい、またまたビックリしました。 池近くの川で、ガイドさんがチャツボミゴケを採ってくださり、触ってみるとプヨプヨして、とても肌さわりがよかったです。ただ、この苔は強酸性の水域にしか生息しないと教えられ、家では育てられないとわかり、少しがっかりしました。 その後、急坂を下り、明治温泉旅館で昼食 となりました。 </a 昼食会場になった明治温泉旅館の本館 > ”三密”を避けての食事風景 旅館の裏手を流れる瀧川 本日のメニューは「御射鹿池御膳」。今回の食事は、地元の食材を使った料理が、木の器にマス目状に並び、ご飯も地元の食材で炊き上げた雑穀米でとてもおいしくいただきましたが、池周辺の散策後の昼食のため、量が少なかったかなーと思いました。午後は、再びバスに乗り、笹原集落のまち歩きです。 笹原集落 笹原集落は、江戸時代、高島藩主の許しを得て開拓をしたのが始まりで、人家の数以上に蔵が建ち、当時の人々の豊かさを思い知ることができました。(「蔵が建つ!」ことは、事業に成功をし、裕福になった象徴ですよね?全く羨ましい限りです。)蔵の数の多さにも驚きましたが、土蔵の多くに鏝絵(こてえ)が飾れており、家主や左官屋さんの心意気を感じ取ることができました。鏝絵の一つに、亀が描かれたものがあり、ツアー仲間で「亀探し」をして楽しみました。 また、各家庭には、いけす(池)があり、地下水路により、隣家からもらい、隣家へ送る排水システムが確立しており、隣家同士の信頼関係に基づく、水と共に生きてきたまち並みなのかと痛感した次第でした。日本にもまだ、こんな古き良き場所があったのかとつくづく思いました。これからも、開発もあまりせず、世俗化しない観光資源であってほしいものです。 御射鹿池のふもとに広がる、蔵のある民家 集落の各民家にある池(いけす)を中心の美しい庭 笹原地区散策の最後に、「鹿狩神社」を訪れました。鹿狩神社とは何と変わった名前の神社だと思いましたが、諏訪大社の鹿狩神事で奉納された鹿75頭の供養と守護のため、建造されたそうです。それで納得しました。このあたりで、鹿狩りが行われていたんですね。鹿狩神社を後にして、本日最後のスポット・白駒池(苔の森)に向かいました。 鹿狩神社の周辺の森の車窓に見受けられた野生の鹿たち 苔の森(白駒池) 楽しいガイドさんと共に白駒の池周辺を散策し、途中ガイドさんが珍しいコケの説明をしてくださり、まさにコケの楽園で神秘的で 癒しの世界を魅了できましたが、実際のところ、梅雨空で、木道は滑りやすく、足元もおぼつかずヒヤヒヤな散策で、大変苦労しました。 「木道をこわごわ歩き苔の花」 (才能あり?なし? オソマツでした。) 板を敷き詰めて作られた木道を散策する参加メンバー達 木々も土地も苔に覆われた、文字通りの”苔の森”のたたずまい 梅雨空の下、水・自然と人が融和した茅野市の魅力を再発見できましたツアーでした。 第2土曜 下田 誠 |
2021,06,07, Monday
―日本最大の石切場・石切山脈を体感―
長年の採掘によって高い断崖になった採石現場を見上げるメンバー達 笠間市は人口約74,000人。四方を里山に囲まれ、盆地ならではの寒暖の差で豊かな自然が育まれています。美味しい作物が豊富なのもそれが理由の一つ。 全国的に知名度の高い、国の伝統工芸品のひとつである笠間焼。笠間焼の創始は江戸時代の安永年間の頃、箱田村(現・笠間市箱田村)の久野半右衛門道延(くのはんうえもんみちのぶ)が始めたとされています。笠間市は陶芸のメッカで陶芸ギャラリーや美術館が点在し、年間約300万人の観光客が訪れています。 「石切山脈」と呼ばれる山地一帯は、東西約10km、南北約 5km、地下1.5kmに及ぶ岩石帯で、明治32年から100年以上続く「稲田石」の日本最大級の採掘現場です。ここから採掘される「稲田石」は、約6,000万年前に海底深くに長い時間をかけ冷えて固まった花崗岩の一種で、世界でも類を見ない際立った白さから別名「白い貴婦人」とも呼ばれています。美しい光沢と優れた耐久性を兼ね備えているため、日本橋や東京駅、国会議事堂、最高裁判所など 、全国有数の歴史的建造物に使用されてきました。 石切山脈プレミアムツアーは、現在も採石を続けている大迫力の採掘現場を専用ガイドが案内します。岩山の悪路を駆け上りながら、⼀般非公開の掘削シーンや大型重機の掘採作業を眼前で披露します。 , 春風萬里荘は篆刻家や画家、陶芸家、料理家などの様々な顔を持っていたとされる北大路魯山人旧宅で一般公開され、江戸時代の中期の入母屋造りで美術品の展示も行われています。 春風萬里荘の外観 「笠間クラインガルテン」は平成13年4月、関東地区初の本格的な滞在型市民農園がオープン。“農芸と陶芸のハーモニー”をテーマとする新たなライフスタイルの提案です。クラインガルテンとは、ドイツ語で「小さな庭」。日本では主に「市民農園」を意味します。ドイツを始めとしたヨーロッパ諸国で、都市生活のために庭をもつことができない市民のために作られた農園です。農園にはラウベと呼ばれる小屋と芝生、花壇、畑などが配置されます。1区画が約300m²の土地に約37m²のラウベ(簡易宿泊施設)と約100m²の菜園・芝生があります。利用期間は1年単位(4月~翌3月)で最長5年間利用可能です。ラウベにはキッチン・風呂・トイレ・ロフトがついています。年間利用料419,030円(税込)光熱水費は実費負担、備え付けの農機具使用は無料/1区画 (2019年10月1日現在) 笠間クラインガルテンのたたずまい 笠間稲荷以外の知らなかった笠間市の魅力に触れる1日です。 <以下は参加者の感想です> 今日から6月、新緑の眩しさと青い空と雲とが溶け合った初夏らしい1日でした。 土浦駅集合、バスで出発し約1時間程で、笠間芸術の森公園内・茨城県陶芸美術館に到着しました。 美術館では、オールドノリタケコレクションである、若林コレクションの企画展示を開催していました。 明治中期より第二次世界大戦期までに製作販売・輸出された陶磁器で、その繊細さ溢れるデザイン、美しい色彩の作品にすっかり魅了されてしまいました。 そして、国の伝説工芸品のひとつである笠間焼。勿論、笠間焼の歴史と技法についても学びました。 現在は、伝統を残しつつ様々な陶芸作家による作風がみられるそうです。 斬新な作品から味わい深い作品まで鑑賞することができました。 お楽しみのランチは湯葉うどんのセット、うどんつゆに湯葉汁を加えて、まろやかな風合いのつけ汁にこしのあるつるつるのうどん、梅ごはん、舞茸の天ぷら…至福のひとときでした。 昼食を終えて、いよいよ石切山脈『プレミアムツアー』を体験。 ワクワク、ドキドキ、童心のような気持ちになって、小型バスに乗り、専用ガイドの方が迫力満点の採掘現場まで案内・説明をして下さいました。 明治32年から100年以上続く「稲田石」の日本最大級の採掘現場です。 ここから採掘される「稲田石」は、花崗岩の一種で、世界でも類を見ない際立った白さから別名“白い貴婦人”とも呼ばれているそうで、本当に美しく、太陽光に反射すると益々輝きを増していました。 途中下車し、100年以上続く採掘により作られた、壮大な石屏風のように切り立つ岩盤と、採石場跡に雨水が溜まってできたというエメラルドグリーンの湖・"地図にない湖"を眼下に眺めることができました。 吸い込まれそうな程、神秘的な湖と眼前に広がる壮大な石切山脈の大パノラマ…実に圧巻でした。 ツアー後には、稲田石を使った石畳の上のカフェで「石切山脈」の絶景を眺めながら、笠間栗を使用したモンブランのスイーツをいただきました。美味でした。 「石切山脈」の美しさを目に焼き付けながらも次に向かった先は、春風萬里荘 笠間日勤美術館分室。 昭和40年に料理家でありながら、優れた陶芸家でもある、北大路魯山人が住居としていた茅葺き入母屋造りの民家を北鎌倉より移築されたそうです。 どこか懐かしく歴史を感じさせる静観とした佇まい、四季の風物に溢れる広大な園庭、一年中、四季折々の草木、花々で来場者の心を和ませてくれますね。 建物内には美術品の展示もあり、往時の暮らしぶりも偲ばれる、ホッとするような癒やされた空間でした。 「春風萬里」は、魯山人の好んで用いていた造語なのですね。 最後は、笠間クラインガルテン、関東地区初の本格的な滞在型市民農園を訪ねました。 豊かな緑に囲まれた、農園にはラウベ(宿泊施設)と約100㎡の菜園・芝生があります。 東京からの利用者も多く、第二のライフスタイルとしてエンジョイしていらっしゃる方も見られるそうです。 生き生きと活動していらっしゃる利用者の方の姿を遠目に拝見して、いざ農産物販売所へ。 利用者と地元の方々の農園指導等の温かなふれあいとによって、共生している場所がクラインガルテンだと知りました。 笠間市は、笠間焼に代表される芸術や歴史が根付いたまちで、自然や環境にも恵まれた土地であることも分かりました。 笠間市の魅力を堪能することができた「スペシャルツアー」でした。 第1木曜 岡田真理子 < 続き▽ |