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161回スペシャルツアーIN八潮
―「おもしろ消しゴム」イワコー工場見学と旧太田家住宅特別見学・首都圏桃源郷花桃まつりー


八潮市(やしおし)は、埼玉県の南東部にある。都心から20キロメートル圏内という地の利もあり、その後の高度経済成長による工場の進出や急激な人口増加により発展を続け、昭和39年(1964年)に町制施行、昭和47年(1972年)には市制を施行。

 その後、首都高速道路の開通や、区画整理事業による都市基盤の整備、平成17年(2005年)のつくばエクスプレスの開業などがあり、まちの様相は大きく変化してきている。秋葉原から八潮駅まで約17分のつくばエクスプレスを利用できるので東京都特別区部への通勤率は27.9%(平成22年国勢調査)。総人口86,998人、世帯数39,093世帯(平成28年12月1日現在)

イワコーでは普段見ることの出来ない大型の消しゴム製造マシンを見ながら、 消しゴムのしくみについても勉強。野菜や動物など、思いがけないものが消しゴムになっていてびっくり。大人にも人気で予約が難しい工場見学。


  イワコーの工場ビル


 創業者社長自らの説明を聞く見学者


 色々な おもしろ消しゴムの見本


お土産用に色とりどりのおもしろ消しゴムの売店


●次の太田家住宅へは、どん亭の送迎バスで。
同家は、平成11年(1999)3月に市指定有形文化財に指定。木造二階建て瓦ぶき、出垳構造の町家建築で埼玉県内でも 数少ない建築物。約150年の歴史があり、当時、八條の渡しの前で米問屋(酒屋)、旅籠を営んでいた住宅。生活の場でもありますが、特別公開していただき、八潮市立資料館学芸員に特別来ていただき、解説をしてもらいます。


 太田家の母屋と蔵

 母屋の座敷

 学芸員の説明を聞くみなさん

 ほこらのある裏庭から見た母屋


●見学のあとは再び、どん亭の送迎バスで、どん亭三郷店へ。お楽しみの昼食会はしゃぶしゃぶ、うどん・ごはん、飲み物など、おいしい食事を、掘りごたつの食卓を囲んでいただきます。


   どん亭三郷店と送迎バス

●食後は送迎バスで、中川フラワーパーク(花桃まつり)会場へ。
約13,000㎡の中川河川敷にある「中川やしおフラワーパーク」は活性化を目指す商工会等のパワーアップ 計画に基づき、花桃の木、菜の花、コスモスなどを植え、四季を 通じて市民の憩いの場をつくり、観光資源にもなっている。
花桃と菜の花が咲くこの時期が楽しみです。


  中川フラワーパークで説明を聞く

 フラワーパークの花壇



以下は参加者の感想

“春は名のみの風の寒さや”と、そんな3月24日9時30分、八潮駅出発です。八潮の街を見ながら約25分歩き、楽しみにしていた「おもしろ消しゴム」のイワコー工場に到着。ここでは、創業者の社長さん自ら、元気でユーモア交えたわかりやすい説明。年齢が80歳以上だと聞いて、その若々しさに皆びっくり。実際に機械から消しゴムができるところを見ることができて、よかったです。
 見学者は子供より大人の方が多いと聞いて、ちょっと驚きでした。
 ともかく、この工場では猫・犬などの動物をはじめ、握り寿司やカラフルな、子供にも大人にも楽しめる面白い製品があふれています。そんな消しゴムを作ることになった経緯や、新しい消しゴムを作ってもすぐに中国にコピーされてしまう苦労話などが社長さんの口からポンポンと。
 最後は、見学者一人一人が自分で面白消しゴムの作品を組み立て、それをお土産にできるという、盛り沢山の見学会でした。
 次の旧太田家住宅へ送迎バスで移動のとき、社長さんが手を振って見送って下さり、なんとも嬉しい気持ちになりました。


 社長さんの指導でおもしろ消しゴムの組み立てをするメンバー


旧太田家住宅では、八潮市の学芸員の方の説明がありました。当家は、江戸時代より近くを流れる中川を利用し商いをしていた河岸問屋とのことで、2階建ての大きな母屋と、その右手前の敷地に建つ蔵を見て回り、当時の繁栄ぶりがよくわかりました
 
貴重な史料の展示場となっている蔵内を見学


次の昼食会場のどん亭へバスで向かうとき、これまた学芸員の方と現太田家当主の方が手を振って見送ってくださいました。

昼食は、どん亭のしゃぶしゃぶをグループで鍋を囲んでいただき、おいしく楽しい昼食会で、おなか一杯でした。

 しゃぶしゃぶを囲みながらの昼食


最後は、「中川フラワーパーク」の花桃まつり、です。河川敷に展開された花桃や菜の花畑や花壇などを愛でながらの自由解散となりました。
花桃は満開で、お花見を楽しみたかったのですが、風が強く寒さもあり、花を見ながら帰ることに。

 満開の花桃の苑


八潮駅までタクシーで戻る予定でしたが、歩こうということになり、つくばEXの高架を左手に歩いて歩いて、やっと15時5分に駅に着きました。結構な距離でしたが、日ごろ歩いている私たちだから歩けたんだと思います。
行く先々で新しい発見があるのが、GTWの良いところです。これからも楽しみに参加させていただきます。
  第2木曜 杉山富美子




| 埼玉県::八潮市 | 04:13 PM | comments (0) | trackback (0) |
第160回スペシャルツァーIN大手町
―読売新聞東京本社見学(編集局・体験)と学士会館での食事と見学―


読売新聞東京本社

         花写真をクリックすると拡大されます

 読売新聞東京本社ビル

読売新聞は日本の代表的新聞社。明治7年(1874)子安峻(こやすたかし)らが『読売新聞』を創刊。
江戸時代の「読み売り瓦版」から題号をとり,大衆ととも歩む庶民的な紙面づくりを目指しました。
朝刊販売部数は約934万部(2014年11月期)。「ギネスブック」が世界一の発行部数と認定。
株式会社読売新聞社グループが持ち株会社で、その直下に新聞3本社(東京、大阪、西部)、巨人軍、中央公論社があります。
東京本社の資本金は10億円、発行部数624万、従業員3.065人。

 ビル入口からエスカレータで2階に上がると展示場に


 


 




今回のツアーでは、展示場や編集室の見学のあと、参加者が記者となって、記者会見に臨むという体験をします。

 記者会見の体験風景


学士会館

 風格のある、国の有形文化財の学士会館


学士会館は、旧帝国大学(現在の国立七大学=北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学)出身者の親睦と知識交流を目的とした、「学士会」の活動の場として発展。
学士会は、1913(大正2)年に初めて会館と呼べる西洋風の木造2階建ての施設を創建しましたが、以後火災や関東大震災に襲われて、震災復興建築として、1928(昭和3)年、現在の学士会館が建設されました。
終戦後は、連合国軍総司令部(GHQ)に接収されて閉館されましたが、1956(昭和31)年に返還。
その風格ある建物は、2003(平成15)年、国の有形文化財に登録されました。

 学士会館の入口


ツアーでは、昭和3年の建築以来、当時の姿を保つレストランでフランス料理を楽しみ、食後は説明を聞きながら有形文化財の素晴らしい館内を見学します。
        
 会館内のレストランで昼食



 食後、館内を案内してもらいました





 会議室


神前結婚式場


   <以下は参加したメンバーのレポートと感想です>


読売新聞東京本社は、2013年に竣工。高さ200m、地上33階の高層ビルです。
そのなかの7,8,9階が編集局で、吹き抜けになっており、ワンフロアは見渡せろようになっています。そして中央に各階をつなぐ階段が設けられ、社員同士が階を超えてコミュニケーションをとりやすい仕組みになっています。
とてもシンプルで、モダンなオフィス。見学時は静かでしたが、編集会議ともなれば活気づくのでしょう。

3階には託児所がありました。どのようなシステムかはわかりませんが、いいですね。さすが千代田区。待機児童ゼロ区。

その後は別会場で「模擬記者会見」が行われ、参加メンバーが記者として、会見者に質問をするという体験です。皆さんからいろいろな質問が出て、記者の気分を味わうことができ、有意義な体験でした。


学士会館は、1928年に竣工。4階建ての旧館と、1937に増築された5階建ての新館があります。スクラッチタイルに囲まれたクラシカルな館です。

赤じゅうたんの廊下、高い天井のたたずまいの内部、そして昼食会場のレストランは、クロスのかかったテーブル、銀のカトラリーで、フレンチフルコースの食事。至幸の時でした。ごちそうさまでした。
その後、館内を説明付きで案内してもらいました。これがなによりのGTWの醍醐味です。

読売新聞社周辺は、経団連、JA、日経、ほしの屋等々が林立し、また大手町連鎖型都市再生プロジェクトで、いたる所でつち音が響き、何台ものミキサー車が駐車待ちしていました。
地下鉄大手町はいつになったら工事が終わるのでしょうか。
日本のたゆまない変化発展と、いつまでも変わらないものの良さを感じた一日でした。

  第4土曜 福田さくら


| 東京都::千代田区 | 05:07 PM | comments (0) | trackback (0) |
第159回スペシャルツァーIN桐生
―のこぎり屋根の織物工場でまち歩きー



 のこぎり屋根の旧工場


桐生は徳川文化の爛熟期に金襴緞子など高級美術織物として成長を続け、「西の西陣、東の桐生」と言われるまでになり、織都として繁栄しました。
その後、日本の輸出織物を代表する羽二重は1879年(明治12年)桐生において試織され、1881年に日本最初の対米輸出。
大正期には、人絹糸が新繊維として登場し、その商品化は桐生において1919年(大正8年)文化帯として売り出したのが最初です。

昭和に移り、年を追うごとに産地の人絹糸使用量が激増し、1937年(昭和12年)には輸出織物用原糸のうち88%弱を人絹糸が占めるようになり、
明治年間に黄金時代を築いた羽二重は、この頃すでに新興産地・福井の商品となりました。
絹織物業は明治・大正・昭和初期にかけて日本の基幹産業として発展し、外貨獲得に大いに貢献しましたが、戦後は、和装離れから絹織物産業は下火となりました。
代わって自動車部品産業やパチンコ産業が台頭、有望な企業が生まれ、今日の桐生を支えています。

なお、江戸開府期に計画的に作られた桐生の町の起源ともいえる天満宮を起点とする桐生新町地区は、2012年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。







<以下は参加したメンバーのレポートと感想です>


 かねて、歴史的文化遺産「のこぎり屋根の織物工場」のある桐生を訪れたいと思っていたので、今回の「スペシャルツァーIN桐生」に参加させていただき、おおいに楽しむことができました。

 古くから「四辻の斉嘉(さいか)」と呼ばれていた場所で、ガイドさんに会い、メンバーはA・B2班に分かれ、2台の低速電動バスというバスに分乗し、ゆっくり街並みを見ながら、施設まで案内してもらいました。


 低速電動バスと斉嘉(右の民家)


のこぎり屋根の織物工場

のこぎり状の独特の屋根は、背の高い空間と、北側の天窓からの光で生地の織りあがりを点検するためと、織り機の音を拡散するための構造だそうです。


 旧のこぎり屋根の織物工場を見学するメンバー



絹撚記念館
全国に6か所しかない模範工場の一つで、旧模範工場桐生撚糸合資会社事務所棟。平成27年に日本遺産に認定された、群馬県最古の洋風石造建造物。


 絹撚記念館


桐生織物記念館
国の登録有形文化財で、当時の桐生織物協同組合の事務所。「織都」の別称を持ち、桐生の隆盛を今に伝える象徴的建物。一階は桐生の織物製品の販売、二階は、織り機や織物の展示や、まゆから製品になるまでの工程の展示など。


 桐生織物記念館

 織り機


昼食は 郷土料理「おっきりこみうどん」
再生された古民家のレストランで、群馬県の“おふくろの味”として、昼食にいただきました。もちもち、ちゅるっとした食感で、とてもおいしかったです。


 古民家のレストラン「四辻の斉嘉」


桐生新町重要伝統的建造物群保存地区(日本遺産に認定)
午後、400年以上前の町建て当初の区割りが残る街で、タイムスリップした気分を味わいました。


天満宮社殿(県指定重要文化財) 同末社春日社(市指定重要文化財) 
ガイドさんに「びっくりする場所を案内します」といわれて案内されたのは、極彩色の装飾が広く施された、本殿と幣殿の外壁。素晴らしい北関東特有の社寺建築の特徴を見ました。

 極彩色の装飾が施された本殿


 幣殿


 天満宮でのガイドさんとメンバー


群馬大学工学部同窓記念館・正門・守衛所(国登録有形文化財)
残念ながら、修復工事中で見られませんでした。ガイドさんによると、建物は木造二階建て瓦葺、内装はすべて建築当初の姿を残しており、多くの映画やテレビドラマの撮影に使われるそうです。

 群馬大学の正門


旧金谷レース工業工場・事務所(国登録有形文化財)
今は、おしゃれなパン屋さん「ベーカリーカフェレンガ」。大正8年に建築された桐生現存最古のレンガ造り「のこぎり屋根工場」。昭和初期の洋風建築の特徴が見られる建物。

 赤レンガ造りのベーカリーカフェレンガ


旧斉憲テキスタイル工場
昭和2年に建築された大谷石の「のこぎり屋根工場」。現在はワイン貯蔵庫に利用されているそうです。

 大谷石で造られたのこぎり屋根工場



旧住善織物工場
大正11年に建てられた現存する唯一の鉄筋コンクリート造りの「のこぎり屋根工場」。現在は5人の作家の名字の1字ずつを組み合わせて命名した「工房・金・田・丸・岡・平」として利用されているそうです。


以上、「まだたくさんの魅力あるスポットがあります」とのことで、機会がありましたら、また訪ねたいと思います。


第3土曜 田中きよ子






| 群馬県::桐生市 | 03:50 PM | comments (0) | trackback (0) |
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