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第188回 スペシャルツァーIN所沢市
  里山復元の三富(さんとめ)今昔村・ところざわサクラタウンの本棚劇場


   
  くぬぎの森交流プラザ


送迎バスで三富今昔村
   ・ くぬぎの森交流プラザ オリエンテーション
   ・ 産業廃棄物中間処理工場(石坂産業株式会社)見学
   ・ くぬぎの森散策
   ・ 昼食 質問など

タクシーでところざわサクラタウンへ
   ・ 角川武蔵野ミュージアム
   ・武蔵野坐令和神社(むさしのにます うるわしき やまとのみやしろ)


  
  以下は参加者の感想です
       
   
 5月27日 所沢市は大雨でしたが、迎えのマイクロバスに乗って30分程、三富今昔村に着くころには雨が上がりました。
三富今昔村は、東京ドーム約4個分の敷地にリサイクル工場、くぬぎの森、交流プラザ、オーガニックファームなどがあります。
以前、雑木林には不法投棄されたゴミなどがありましたが、ゴミを拾い里山に蘇らせたそうです。


  ゴミ捨て場だったところが植物園に蘇って活用されている


オリエンテーションの後は工場見学。
大きな建物に家などを壊した後の廃材を積んだトラックが入ってきます。
混合廃棄物は木材、紙、ブロック、金属、プラスチックなどに細かく分類され、
再資源率98%で、様々なリサイクル製品に生まれ変わります。
この石坂産業という会社は、地域との交流も大切にし、さまざまなイベントもやっています。

  処理工場を見学するメンバー
  2階から見下ろす工場の現場
  工場の作業場




案内してくれた社員が、会社が大好きで誇りを持っていると言っていたのが印象的でした。
敷地は広いので一部を散策しただけでしたが、雨上がりの木々が美しかったです。


  再生された森に建立された神社


昼食は、オーガニックファームでとれた小麦粉の手打ちうどんや、そこでとれた野菜や放し飼いのニワトリの卵の料理でおいしかったです。



午後3時、タクシーに分乗して、今度は角川武蔵野ミュージアムへ向かいました。
そこで有名建築家隅研吾デザインの高さ8メートルの巨大本棚に囲まれた本棚劇場など圧倒されました。

  サクラタウンに近づくとひときわ目を奪う巨大な建物。この個性的な”岩山”(?)が、なんと美術館・図書館・博物館「角川武蔵野ミュージアム」だ

 ミュージアムへの入口方面

 ミュージアムのすぐ近くに建てられた武蔵野坐令和神社と鳥居
ミュージアムをバックに立つ、夜は光り輝く電飾された鳥居


 ミュージアム内の本棚劇場

 本棚劇場での上映風景

 館内の本は自由に閲覧できる図書コーナー



東京近郊にこんな自然が豊かな里山があるのはしらなかったし、近未来的な建造物も見学できて充実した一日でした。

   第1木曜 三苫洋子












| 埼玉県::所沢市 | 08:02 PM | comments (0) | trackback (0) |
第187回 スペシャルツァーIN新宿区
    創立30周年記念 「小笠原伯爵邸」記念 食事会と見学



 小笠原伯爵邸前で参加者の記念撮影

 邸前庭からの本館南面のたたずまい

 本館南面の美しい円い建物


  以下は参加者の感想です


グループタウンウォッチング創立30周年記念の食事会と見学会が、4月22(金)新宿区河田町の「小笠原伯爵邸」で、出席者は総勢40名で開催されました。

食事は、スペイン料理のフルコースで、目にも舌にも最高に素晴らしく、おかげ様で出席の皆様と共に楽しいひととき過ごすことが出来ました。


  レストランでの食前風景

食事終了後、1000坪の広さの邸内の見学会があり、説明員の解説を聞きながら邸内を巡りました。

 円い建物内の美しい部屋
 重厚なテーブルの凝った脚
 部屋のステンドグラスの窓


昭和初期の建築で天井が高く、ステンドグラスも見事で、本格スパニッシュ様式という印象を受けました。
中でもパティオ(中庭)のモッコウバラが満開、見頃だったのと、空に向けてそびえるオリーブの木が印象的でした。

 部屋からの中庭の眺め

 広い芝生もある屋上庭園

 庭での豪華な食事用テント


このたびは、グループタウンウォッチングの創立30周年記念となること、本当におめでとうございます。
長年にわたり、皆様が関心を持つような企画を、定期的、継続的に実施されたスタッフの方々の努力と、
積極的に各企画に参加される会員各位の熱意の賜物と考えます。

私事で申し訳ございませんが、30周年と申せば、わが家もくしくも結婚30年という節目の年です。
緊急事態宣言で、イベントを控え続けていた矢先、本企画に出会うことができたことに感謝いたします。
妻の方は会員としてベテラン(?)の域に達しておりますが、私は、本年入会の新米でございますので、これからもよろしくお願いいたします。

最後に、スタッフ、会員各位の皆さまのご健康と会の今後の更なる継続発展をお祈り申し上げます。


    第 1土曜 村田英彦


 



| 東京都::新宿区 | 10:28 PM | comments (0) | trackback (0) |
第186回 スペシャルツァーIN千葉市
-千葉モノレール乗り降りでモノレール車両基地・国特別史跡「加曽利貝塚」ガイドツァー・京葉臨海工業地帯クルージング-

 頭上を運行中のモノレール
 
以下は参加者の感想です


当日(3月30日)は、やや風はあるものの、薄曇りの穏やかな日で、JR千葉駅に参加者の27名が集合しました。

(1) 千葉モノレール

モノレールは、高架式にしやすく専有面積が少なくて済むため、千葉市のような市街地が出来上がった、地価の高い地域に導入するメリットがある。一方、車両1台にゴムタイヤ10本ほど必要なため車両構造が複雑で、タイヤの摩耗・動力抵抗が大きく、ランニングコストが高いというデメリットもある。
その走行方法には2つの方式があり、車両の下の軌道をタイヤで走る跨座(こざ)式(跨り式ともいう)と、車両の上にある軌道にぶら下がりタイヤで走る懸垂(けんすい)式(吊り下げ式ともいう)とがある。
国内の跨座式の営業距離としては、大阪モノレール28.0km、東京モノレール17.8km、沖縄モノレール17.0km、多摩モノレール16.0kmなどがある。
千葉モノレールは懸垂式で、路線距離は世界一の15.2kmであり、2001年(平成13年)にギネスブックに登録されている。千葉市内の道路渋滞緩和を目的に、1979年(昭和54年)に千葉県・千葉市の出資により第三セクター方式で千葉都市モノレール㈱が設立され、1988年(昭和63年)に営業距離7.8kmで開業、1999年(平成11年)に全線が開通している。
現在の1日の乗客数は 5万人、年間売上高 30億円、従業員は180名。8編成16車両を運行している。

 会社のガイドさんが説明中の貸切のモノレール内

 モノレール内より見た千葉公園の美しい眺め

我々27人は、若い2人の社員に引率して貰い、1編成2両の貸し切り車両(料金は11,900円、1台あたりの乗車定員78人)で、9:37に千葉駅を出発しました。車両を貸し切ると、車両基地の見学ができるということで、9:48に動物公園駅で下車。桜の花の散る歩道を歩き10分程で、目的地のモノレール車両基地に到着しました。先ずは迫力のある車両の洗車光景を見てから、4階建ての整備工場の見学に向かいます。
整備工場では4人の社員の皆さんに工場案内をして貰いました。
工場の1階は新規車両を、クレーンで2階~3階へ引き上げるための搬入場所として使用される。新規車両は、広島県の三菱重工三原工場から夜間輸送されるとのこと。
2階ではモノレール操縦室・乗客室の整備、3階は走行タイヤやパンタグラフの点検などを行う。
4階はクレーンガーダーの走行エリア、及び単体機器のメンテナンススペースとなっている。
日々の点検・整備作業では、車両前後の下部にある「地面位置測定センサー」や、旅客機と同様の方法で、非常時に車両から直接地上へ乗客を降ろすための「脱出シュート」などの点検も行う。

 モノレール工場を見学中のメンバー


安全運行のため社員の皆さんが、各編成の車両整備を日々真摯に実施していることが、実感できたと思いながら、運動公園駅へ戻りました。
なお、モノレールの車両価格は特注仕様で発注台数も少ないことから、新幹線車両とほぼ同額で1両が3億円程と極めて高額であるとのこと。

(2) 国特別史跡「加曽利貝塚」

 広大な貝塚の跡地をバックに立てられている加曽利貝塚の碑

約12,000~2,400年前の縄文時代の貝塚は国内に2400ヶ所あり、そのうち120ヶ所が千葉市内にある。なかでも加曽利貝塚は国内最大級で、現在約151,000平方メートル(東西300m、南北500m)が、青森県三内丸山遺跡に次ぎ、2017年(平成29年)に国の特別史跡に指定され、「加曽利貝塚縄文史跡公園」となっている。
この貝塚は、北貝塚と南貝塚からなり、北貝塚は直径140mのドーナッツ型で約5,000年前の縄文時代中期の、南貝塚は直径190mの馬蹄形で約4,000年前の縄文時代後期のもので、上空から見ると8字形をしている。
1907年(明治40年)に初めて発掘調査が行われ、国内一級の貝塚として一躍有名になり、その後も発掘が続けられた。1963年(昭和38年)に南貝塚の南端が宅地開発に伴い破壊されるに及び、急速に保存運動が高まり、北貝塚と南貝塚などの千葉市による買収が行われた。その後も発掘調査は継続されているが、現時点で全体の8%の発掘が完了しているのみ。
広大な史跡内には、発掘されたままの状態で保存されている住居や土杭、貝塚の断面が観覧できる施設のほか、復元された竪穴住居のなかで縄文時代の暮らしを体験できる。

 縄文時代の住居のある広場

 竪穴式住居内での縄文時代の火おこしの実演


運動公園駅で再びモノレールに乗車し桜木駅で下車、11:30から徒歩で20分ほど移動し、加曽利貝塚に到着。10名ほどの貝塚案内ボランティアの方々の出迎えを受けました。ここからは我々3~4名に1人のボランィアの方が付き、史跡の案内をして貰いました。
竪穴住居群跡観覧施設では、前の住居跡に次ぎの住居が作られ、また食料を保存したされる穴の跡も残っており、狩猟採取生活といいながら、定住していた様子が判る。
貝塚断面観覧施設(北貝塚)は左右の貝塚に、しじみよりも小さな貝殻が多数あり、実を食べるではなく、出汁として、或いは塩の代わりとしたのだろうか?などと想像する。
貝塚断面観覧施設(南貝塚)も左右に貝塚が展示してある。北よりも南が動物の骨が多いように思った。
復元集落では、ボランティアの方に錐揉み法による火起こしを実践してもらいました。火起こしは、20cmほどの長さの火きり棒と、浅い窪みと切れ目を入れた火きり板で火を起こす。棒を窪みにいれて回転させて摩擦熱により焦がして火種を作り出し、これを麻の綿などに載せて空気を送り着火させる。ものの1,2分で炎が上がり、驚きました。このような棒や板は4500年前のエジプトの遺跡でも見つかっており、同じ火起こし方法が行われていたようだ。
加曽利貝塚博物館では土器や石器などの出土品を展示し、周辺に住んでいた縄文時代の人々の様子を解説している。
13:15にマイクロバスで昼食会場へ移動。車中で貝塚遺跡の1963年(昭和38年)前後の保存活動に注力した当時の高校教師・考古学者である武田宗久氏の熱意に思いを馳せる。また貝塚を残した縄文時代の人々は、衣食住のみに追われる日々を過ごしたのか、それとも毎日の暮らしのなかで楽しみを覚えることがあったのだろうか?などと想像する。

昼食は13:45から木曽路で和食を頂く。史跡を歩き廻り、空腹でしたので、大変に美味でした。

 和式のレストランでの楽しい昼食会

なお、予定していた京葉臨海工業地帯クルージングは風が強くなってきたためキャンセルとなり、代わりの行き先は千葉ポートタワーへ変更となる。

(3)千葉ポートタワー

 高さ125mの千葉ポートタワー

このタワーは周辺の千葉ポートパークとともに1986年(昭和51年)に千葉県人口の500万人突破記念として開設された。菱形の断面の32層の構造物で、高さ125mのタワー全面は熱反射ガラスで覆われている。

 展望所の下に広がる千葉港の風景
 展望所からの眺めを楽しむメンバー


マイクロバスで15:15にポートタワー到着。1階エレベーターホールから、高さ113mの4階展望ホールへ直行すると、眼下に千葉港が一望される。薄曇りのため富士山は挑めないものの、遠くスカイツリーや東京タワー、横浜ランドマークタワーが見えます。ここで解散し、徒歩10分のJR千葉みなと駅へ。

駅へ向かう途中、COVID-19(国内感染者650万人、うち回復不可者0.4%)の沈静化、そして35日目となるロシアのウクライナ侵略戦争の早期停戦を思い、「鎮静、停戦」「鎮静、停戦」と呟きながら歩きました。


第1金曜 橋沼育夫





| 千葉県::千葉市 | 09:28 PM | comments (0) | trackback (0) |
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