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2007,03,12, Monday
大手町情報2
平将門首塚 読売新聞社からほどなく三井物産に隣接したビルの谷間に平将門首塚があります。 平将門(903年??~940年3月25日)は平安時代の武将。桓武天皇の子孫で、平氏の姓を授けられた、高望王(たかもちおう)の孫。関東を制圧し、国司の金印を奪った事から朝廷から敵と見なされた。 「新皇」を自称し、自立を目指したが藤原秀郷、平貞盛らにより討伐されました。 伝承では、首は平安京まで送られ都大路で晒されたが、3日目に夜空に舞い上がり故郷に向かって飛んでゆき、数カ所に落ちたとされます。 伝承地は数ヶ所あり、その中でも最も著名なのが、この首塚。 但し首塚そのものは関東大震災によって倒壊し、現在では石灯篭と保存碑を残すのみとなっています。 明治時代には大蔵省の敷地で首塚が取り壊されると、次々と高官が亡くなったといいます。 今でも首塚に背を向けるとたたりがあると付近のビジネスマンは信じていて、背を向けて座らないと言われています。 付近のビルを見回してみるものの真偽のほどはわかりません。 将門塚保存会(事務局は神田神社)が管理しているとのことです。 いつ来ても、美しい花が供えられて通りがかりのサラリーマンが立ち寄り、真剣に手を合わせている姿が印象的です。 けっこう若いサラリーマンの姿を見かけます。 首塚は、ここだけ大手町でも雰囲気が違うという声が多かった。 「今回の情報は役に立った!」→役に立ったよクリック♪ 1日体験申し込みはコチラ 会員登録はコチラ ![]() |
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