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2006,09,12, Tuesday
渋谷・松濤(しょうとう)情報4
百軒店商店街 円山町は花街として、京都円山の名をとって誕生したのですが、道玄坂2丁目は西武グループの前身箱根土地が、旧中川伯爵邸(※)であたったところを大正12(1923)年に買収し、商店街百軒店として分譲したことから始まります。 箱根土地は当初、住宅地に分譲する予定でしたが、関東大震災を契機に下町の有名店を誘致することに変更。 中央聚楽座という劇場、回りに117軒の店舗(資生堂、精養軒、西川、天賞堂、山野楽器店など)を配置した 「百軒店」を造り、大正13(1924)年4,5月に全国物産展などをして宣伝 に力を注ぎました。 下町の復興が進むにつれ有名店は下町に引き上げ、寂れ果ててしまい、失敗。しかし、満州事変以降人々が集まるようになり、現在、渋谷の歓楽街へ。 ラブホテルなど林立する商店街の中に不思議な空間が2つ。 1つは「名曲喫茶ライオン」こんなところにあったのか!と名前を聞いたことのある人多く感激。 名曲喫茶ライオン6日に限り私語は慎むよう徹底してもらえばOKと許可。大変クラシックな店内、音楽がいい音響でかかっていました。 もう1つは、中川稲荷も祀られている千代田稲荷。 ※中川家: 豊後岡藩主。荒城の月で有名な岡城(大分県竹田市)主。7万石。 文禄3(1594)年から明治4 (1871)年まで中川家13代約280年間の歴史がある。 明治17年(1884年)中川家は伯爵となり華族に列した。邸宅は14代中川久任の時に売却。 「今回の情報は役に立った!」→役に立ったよクリック♪ |

