浅草情報 3

浅草情報3

浅草寺弁天山~浅草神社~被官稲荷~影向堂~淡島堂   
    ([:花:] 写真をクリックすると拡大されます
伝法院通り3
 仲見世を通り、浅草寺本堂へ行くお決まりのコースは今回全く歩かないで、本堂周辺のメンバーがほとんど来たことがないという道を歩いています。
浅草演芸ホール
 弁天堂へ行く途中にある日本手ぬぐい屋のふじ屋や10円まんじゅう、揚げまんじゅうの店を通ります。10分自由時間。
 公園で食べるメンバーもいました。
ふじ屋
 弁天山の「時の鐘」は、元禄5( 1692) 年に五代将軍徳川綱吉の命により作られたとのこと。
時の鐘
上野と浅草の時の鐘は松尾  芭蕉の句「花の雲鐘は上野か浅草か」にもあり、大変有名。
鐘の大きさは龍頭、鐘身あわせて総高2.12m口径1.16m直径1.52m。
1945年の空襲で戦火を浴びるが無事に残り、鐘楼は焼け落ちたため1950年に再建されました。
有名人地蔵さん
 浅草神社の裏にある被官稲荷へ。
鳥居には新門辰五郎の名が刻まれています。
新門辰五郎の妻女が、安政元年重病で床に伏した時、山城国(現、京都府南部)の伏見稲荷社に祈願して、その甲斐あって病気がすっかり治り、お礼の意味を込めて安政2年に伏見から祭神を当地に移し祭り、小社を創建して被管稲荷社と名付けたとのこと。
 名の由来は不詳だが、「被官」官位を授かるというので「出世」を祈願する人が多い。
被官稲荷は出世の祈願というと、熱心にお祈りされていた年配の男性から「もう遅いです(冗)」
と、一同笑い。
屋根の上のねずみ小僧 Beeタワーから見た花やしき全景
 独特の建物が並ぶ浅草寺子院から大谷米次郎夫妻の像や、九代目市川団十郎の暫の像にカッコイー!と
歓声をあげながら通過。
 影向堂周辺は初めて来ましたとメンバーより。
影向堂では生まれのご本尊は何か興味深く聞くメンバーが多い。
淡島堂が、針供養のお寺とは知らなかったとも。
いつもの通り知っている街で知らない場所を歩きました。

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