南千住情報3

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円通寺 

開創は延暦10(791)年で 坂上田村麻呂の創建と伝えられるの曹洞宗の神社。
江戸時代には「下谷の三寺」として下谷・廣徳寺、入谷・鬼子母神と共に、箕輪の圓通寺として有名でした。
円通寺は彰義隊の墓所がある寺として知られています。慶応 4(1868)年 5月、戊辰戦争の上野戦争で彰義隊は全滅しましたが、円通寺の仏麿和尚は、官軍からの報復を覚悟で彰義隊の隊士266体を上野で火葬にし、その後円通寺に合葬したという。幸い官軍からのおとがめはなく、彰義隊の墓所として、また、幕府側についた武士達の駆け込み寺として知られるようになったらしい。
当時の弾痕を残す 「上野 寛永寺」 の黒門は、明治40(1907)年に移設されて、現在でもそのままの姿で保存されている。黒門の弾痕の多さに驚きの声が上がりました。
境内にはよしのぶ地蔵がありました。誘拐後に亡くなったよしのぶちゃんの冥福を祈りました。
http://www.geocities.co.jp/tokyo_ashy/bs-senjyuoohashi2.html
近くのジョイフル三ノ輪商店街は都電荒川線と平行する460メートルもある
アーケード街。いつも多くの買い物客で賑わっています。
自由時間にはアイスクリームを買ったりなど。
お惣菜店が多く、主婦にはうらやましいとメンバーの感想しきり。

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